夕焼けこやけは、檸檬茶(レモンティー)
“だ〜るまさんがこ〜ろんだ ”
私はそんな声を気怠く重くなっている頭の奥底でかすかに感
じとった。
何となく懐かしい響きである。その響きが胸まで届いた時、一瞬さわやかな風が吹き抜け、私は‘ハッ’と我にかえった。
時刻は丁度午後五時。いや、それより少し前だ。
ポキッ、ポキッー。首を左右にふる。
快い音をたててそれがなった。
あれから既に十二時間。長い様で短い時間であった。
私はふと部屋の中を見回してみた。
くしゃくしゃに捨てられた紙屑。積み重なった消しゴムの山。
そして目の前にある真っ白な紙。
明日、月曜の提出時刻まであと十六時間。
依頼から二週間経った今、私が作ることができたのはこんな部屋の内装であった。
ん?何をそんなに身を痛めつけてまでやってるんだって?
仕事だよ、仕事。
私は独立したての設計士(プランナー)である。
長年の努力の末、ようやく認められ、今回の仕事を手に入れる事が出来たのだ。
いつも上に立ち設計する人を見ていて、俺だったらこうする
のに、とかいろいろ不満を胸に抱き、私が一人前になった時、どう見返してやろうかと思っていたのだが・・・
どうもうまくいかない。
あんなに燃えていたのに。
白い紙を目の前にした途端、私はまるで蛇に睨まれた蛙のようにすくんでしまった。
また、ようやく重い腰を上げ作業に取りかかってもただそんな真っ白い紙の上を何周も何周も繰り返し走り回され汗だくになり、疲れ果てるだけであった。
と、言うのもこの仕事は私の得意範囲外であったからだ。
もともと私はずっとビル建設設計の助手をやってきた。
しかし、今度まわってきた初仕事と言うのは児童公園施設の設計であったのだ。
現実に直面し働くビジネスマン達の戦場を造るのに慣れてきた私にとり、この依頼は予想外の事であり苦痛の外の何でもなかった。
あーいやだ、いやだ。どうもいかん。
私は気分転換のために妻へ一杯の檸檬茶を頼み、それが来るのを待つ間、何気なく窓越しに外を見つめた。
夕焼けに染まった空の下、数人の子供がひしめきあっている。
先刻感じた妙にあたたく懐かしい響き。
それが外を見つめた事によって何となく判った気がした。
子供達の声−−−。
「だるまさんがころんだ」をやっている。
こんな団地と団地との狭い谷間で?
待てよ、子供だけではないぞ。
買物をし終えぱんぱんになったカゴを持ち世間話に花を咲かせている母親たち。
日なたぼっこをしながら喋っては休み、喋って休みしているお年寄りたち。
寄り添い語り合う恋人たち。
私はそんな自然と人々が集まる小さな空地に目を凝らしてい
った。
ただ、話したり遊んだりしているだけではない。何かもっと別なものがある筈だ。
先にも増して窓に頭をくっつけながらジッと見つめた。
−あっ−
その瞬間、私は今まで忘れていたものを思い出した。
徐々に熱いものが胸からどくどくと波を打って流れ出てくる。まぶたの裏までがそれによってジーンと熱くなった。
夢、愛、希望、勇気、友情・・・
今まで私は何をやって来たのだ。
忘れていた、全ての事を・・・
そもそも設計士になろうと思った動機は何だったのか?
それは、人々の暖かい血のかよった都市を造る事・・・であった。
一部の人の欲求にしか答えられず、また機能だけを追求した冷たい氷の城を造るのが目標ではなかったはずだ。
いつからだったか、それを忘れてしまっていた。
まだまだだ。一人前なんて。
コンクリート、灰色だけの世界を造ってはいけないんだ。そこに魂を入れなければ。
人の心、自分の心までが見えなくなっちまっていた。これじゃいけないんだ。
やっと私は今回の仕事の意義を解す事が出来た気がした。
心なしかすーっと気分が楽になっていく。
ピンポーン。
そんな所へ娘が帰ってきた。
「おかえりなさい。まあ、泥だらけじゃないの」
「うん、クラスの子達と鬼ごっこやってて走った時にころんじゃったの」
「鬼ごっこ?どこでやってたの?」
「二丁目の工事現場で・・・」
「だめでしょ、あそこはあぶないからいつもダメって言ってる
じゃないの」
「だあって〜」
「まいいわ、しょうがない子だわねえ。とにかく早く体洗ってきなさい!」
「はあ〜い」
その時、その何気ない妻と娘のやり取りからもう一つのヒン
トを私は得た。
そういやこの付近には私が子供の時によく遊んでいた様な公園
がないなあ。安全で整い、しかも楽しめるという遊び場。
ないなあ。
ようやく頭の中にいろんなものが浮かび始めた。
私は目を閉じ、楽しかった自分の子供の頃の事を思い出してみた。
もう少しで消してしまいそうになっていたものが次々と蘇っ
て来る。
近づく夕暮れ。
もう家に帰らなくてはならない。
けど、ついつい真っ暗になるまで遊んでしまう。そんな子供の頃の私。
見えてきた。見えて来る、全てが・・・
とんとん−−−。
気分が落ち着いた所へ、泥を落としきれいになった娘が入ってきた。
「パパあ〜 はい、さしいれよ!」
娘は琥珀色の液体を波々と満たせた私愛用のカップを小さな盆の上にのせ、部屋まで持ってきてくれたのだ。
「ありがとう。お利口さんだね。今日、お友達と遊んできてどうだった?」
「うん、と〜ってもたのしかったよ」
「そう、それはよかったね」
「うん。そいとね、今日の夕ごはんわたしがつくるのよ。ママもてつだってくれるって。
たのしみにしていてね。じゃあできるまで、おしごとがんばってね」
そう言うと、娘は大きなスリッパをはいた小さな足をパタパ
タさせながら台所へと向かっていった。
部屋に一人。
私はもう一度外を見つつカップを手に取り檸檬の入った琥珀色の液体を一口、含ませた。
その時、なぜ私が決まって夕方になると無性にこの一杯の檸檬茶を飲みたくなるのかが何となく解った気がした。
私は少年時代の温かい心を本当は忘れてはいなかった。
これだ、この風景。
夕暮れ迫る公園。駆け回っていた私。
あの頃の思い出は琥珀色に染まる夕やけの中に。
今日もそれに勝るとも劣らない心温まる見事な夕やけ。
夕やけに溶け込む琥珀の液体、檸檬茶。
残りのそれをぐいっと飲み干すと私は鉛筆を手に持ち、何も
ない真っ白な紙にそっと安らかな息を吹き込ませていった。
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この作品は、実際に次の原稿はどのようなものにしようかな?と考えながら、夕暮れ迫る自分の部屋でコーヒーを飲みながら、外の風景を見ていて、ふっと思いついたものです。
けれども、どうせ『夕焼け』なら『レモンティー』だな、ということで内容も題名もそれなりにあわせ、『夕焼けこやけは檸檬茶』となりました。
それと、実際この主人公のように私もこの頃、新しい世界に入って約1年半を過ぎたところで、その周りの自分の環境に対して、いろろと考えることがよくあったので、ごく自然に出来上がりました。
それにしても今読み返すと、子供が出てきたり、奥さんが出てきたりとぜんさく『ステップ STEP』なんかに比べるとずいぶん落ち着いた設定になってしまいましたねぇ。
本当ならもっと若者同士の仕事の中でのいろんな葛藤なんかを書きたかった訳ですが、しんみりと考えたかった時期でもありましたので。
まぁ、それはともかく、この作品で一番気をつかったのは、なんといっても『題名』と『一行目』です。
この作品は、前2作とは異なり、イラストを入れていません(入れたらあまりのヘタさに余計に引かれてしまうかもしれないが?(笑))。
だから、読者を引きつけようとすると、まずそれが、読者に読んでもらえるかどうか?とても重要なものとなります。
1行目の”だ〜るまさんが こ〜ろんだ!”
最初、これを題名にしてもいいかな?とも思っていました。
もっとも、もしそうしていれば、多少中身のお話も変わっていたかもしれませんけれどもね。
皆さんは、こんな思いを込めた『題名』と『一行目』を見て、どう思われましたか?
☆H2.11/10『NEUROTIC』第5号に掲載
みやびやまちゃんの(^^)//と、いうわけ(再編集後記)
最近と〜っても、児童福祉に興味があります。
確かに、老人や障害福祉とかも大切なんだけど、将来を担っていかなければならない『子供』、その健全育成も問題ですよね。
福祉も措置的福祉から、もっと生活に密着した生活福祉へ。
ホントはね。社会や地域に任せるんじゃなくて、基本的には、家・家族で何とかしていかなければならないんだけれどもね。
核家族・女性の社会進出・個性の自由化が進む昨今、仕方がないのかな?
それにしても、屋内外とも、管理された施設が最近いろいろとできていますが、本当の意味での自由な遊び場。なくなってきましたねぇ〜。
『遊び』は自然の中から、世代間を通した『仲間』と一緒にやることによって、感受性豊かな人間の形成ができると思うんだけどな。。。
とにかく、まわりを見てみてよ。近所に自由に思いっきり遊べる児童公園も最近、少ないと思いません?
あ、ちなみに今日は子供の日だ(^^) 1999.5/5